<『努力できない人間』を、『頑張ることで成功体験を得られなかった人間』を、どうか再生産させないでください。始めから報われる可能性がないから、努力することを思いつきすらしないだけなんです。
私は恥ずかしながら、ただそれだけの想いのために活動に参画させていただいております。自分は幸せになりたいとか、生きる希望を持つことができれば、それが努力の糧になると思うので、ささいな幸せでもいいから、子どもたちがただ純粋に何かを目指そうとすることのできる社会を作っていけたらと思います。>
『なんとかする子どもの貧困』という本で上記の発言を読んでいて、私は一瞬、「発展途上国の子ども支援をしている人の語り」なのかと、錯覚してしまいそうになりました。
もちろん、これはいまの日本の話です。
小五から高三まで養護施設で過ごした23歳の大学生が、公益財団法人である貧困対策センターでスピーチした時の発言でした。
子どもの貧困率は、いまや7人に1人の割合になっているといいます。
機会の自由が与えられない、与えられてもそこに気付く意欲もないくらい非社会化してしまっている子どもたち。
上記の本では、派遣村なんて他人事だと思っていた人が、その翌年当事者になってしまったという話も出てきます。
著者である湯浅誠さん(1969年生)は、「30年後、私は78歳になっている。そのときに社会を回しているのは、今の子どもたちだ。その子たちが元気にがんばってくれなければ、私の老後はおぼつかない」と書いています。
これ、まったくその通りだと思いました。「明日は我が身」は、ただの心構えレベルの問題ではなくなってきているのです。
いま目を向けなければ、明日の日本は死にます。